兵庫県の万博事業評価は適切だったのか|「お手盛り評価」と指摘される構造の問題を考える

2026年3月18日の兵庫県知事定例会見では、万博関連事業の検証報告書をめぐり、評価のあり方についてフリーの松本記者から厳しい指摘がなされました。

特に焦点となったのは、
👉 「事業を推進してきた当事者が、そのまま評価も行っているのではないか」
という点です。

これは単なる批判ではなく、行政における評価の仕組み(ガバナンス)そのものに関わる重要な論点です。

本記事では、この問題を整理しながら、今後の県政に必要な視点を考えます。


問題の核心|当事者評価は適切なのか

今回の質疑で問われたポイントは非常に明確です。


① 事業規模と評価の重要性

  • 万博関連事業:約45億円以上
  • 複数年度にわたる大型プロジェクト

👉 本来であれば
客観的かつ厳密な評価が求められる領域


② 指摘された構造

記者からは次のような問題提起がありました。

  • 事業を企画・推進したメンバー
  • そのメンバーが評価にも関与
  • 数値未達でもポジティブ評価

👉 これがいわゆる
「お手盛り評価ではないか」という指摘


実際に何が問題とされているのか

この問題は感情論ではなく、構造的な課題です。


① 数値未達と評価の乖離

例として挙げられた内容:

  • 来場者数:目標60万人 → 実績約10万人
  • イベント来場者:目標3000人/日 → 約2100人
  • 駐車台数:目標3000台 → 約600台

👉 明確な未達がある一方で

👉 評価はポジティブな表現が多い


② 問題の本質は「評価の信頼性」

重要なのはここです。

👉 成果があったかどうかではなく
👉 評価が信頼できるかどうか


行政における評価の基本原則

この問題を理解するために、基本を押さえる必要があります。


① 評価の独立性(第三者性)

理想的な評価は以下の条件を満たします。

  • 当事者から独立している
  • 利害関係がない
  • 客観的に判断できる

② チェック機能の確保

行政では

👉 「実行」と「評価」を分けること

が基本です。


③ なぜそれが重要なのか

もし分離されていなければ👇

  • 成果を良く見せるインセンティブが働く
  • 失敗の検証が不十分になる
  • 改善につながらない

知事の回答から見える行政の構造

今回の会見での知事の発言は一貫していました。


① 回答の特徴

  • 「報告書は有意義」
  • 「成果と課題を分析」
  • 「今後に活かす」
  • 「指摘は受け止める」

② しかし触れられていない論点

👉 「当事者評価は適切か」には直接回答していない


③ なぜこのような回答になるのか

考えられる理由:

  • 制度的な問題を認めるリスク
  • 政策評価の否定につながる可能性
  • 行政としての一貫性維持

この問題が示すもの|ガバナンスの課題

今回の論点は個別事業にとどまりません。


① 「自己評価構造」のリスク

  • 企画 → 実行 → 評価が一体化
    👉 チェックが機能しない可能性

② 改善が進まない構造

評価が甘くなると👇

  • 問題が見えにくくなる
  • 次に活かされない
  • 同じ課題が繰り返される

③ 県民の信頼への影響

  • 税金の使い道への疑問
  • 成果の妥当性への不信
  • 行政への距離感の拡大

分断を防ぐために必要な視点

この問題は、対立ではなく整理が必要です。


① 「成果があったか」と「評価が適切か」は別

  • 成果があった可能性
  • 評価が適切かどうか

👉 この2つは切り分ける必要があります


② 第三者評価の導入

  • 外部有識者
  • 独立した評価機関
  • 透明なプロセス

👉 信頼性を高める鍵


③ 県民に分かる説明

最も重要なのはここです。

👉 評価の根拠を県民が理解できる形で示すこと


まとめ|問われているのは評価の仕組み

今回の問題はシンプルです。


  • 数値未達が存在する
  • しかし評価はポジティブ
  • しかも当事者が評価に関与

👉 問われているのは

👉 「その評価は信頼できるのか」


文書問題も当事者が評価した

この構造は、万博に限った問題ではありません。

兵庫県を今でも揺るがしている文書問題の告発文書の評価を当事者である斎藤知事が行ったことと重なります。

どちらの問題も当事者が評価するので自身に甘い評価や自身に都合の良い評価になってしまったと言えます。

万博は、目標未達でも当事者が評価したので、「成果があった」と評価されました。

同様に告発文書の当事者であった斎藤知事が評価したので「嘘八百、公務員失格」と評価されました。

組織が行う事業の評価は、客観的なデータか第三者による評価が必要です。評価に主観が入ると中立公正な評価にならないからです。このようなことが起こるのは、企業なら第三者の厳しい評価を受け入れて組織を改善して行かないと、市場の競争に負けて退場しないといけなくなるので、問題を認めて改善することに積極的です。

しかし、行政は失敗を認めると責任問題になるので、「改善を優先するリーダー」では無く「リスクを回避するリーダー」になってしまうのです。

民間企業の感覚なら「本当に良くしたいなら、なぜ改善しないのか?」と思うのですが、行政は改善するよりも責任問題のリスクが大きいから、自己保身に終始するような発言になるようです。とても残念な発言でした。

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jordan192
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