「根拠は示さない」という答弁―兵庫県知事記者会見に残された決定的な空白
目次
何が問われ、何が答えられなかったのか
2024年2月4日、そして2月10日の兵庫県知事記者会見では、同じ問いが何度も繰り返された。
それは感情的な追及ではなく、極めてシンプルな問いである。
「竹内氏がデマを広めたという根拠は何か」
しかし、会見を通じて、知事の口からその根拠が具体的に示されることはなかった。
本稿では、会見のやり取りを整理しながら、「何が問われ、何が答えられなかったのか」を冷静に確認する。
問題となった「デマ発言」とは何か
問題となっているのは、斎藤元彦が公の場で述べた、
「竹内氏が浴衣祭りに関してデマを広めた」
という趣旨の発言である。
これは単なる感想や評価ではない。
特定の人物が、事実でない情報を広めたと事実認定を伴って断定する表現である。
発言は、立ち合い演説、記者会見、さらに百条委員会証言へと引き継がれている。
記者が繰り返し求めた「根拠の特定」
2月4日の会見で、赤澤記者は問い続けた。
- どの週刊誌の記事が根拠なのか
- その記事のどこに「竹内氏が激怒デマを広めた」と書いてあるのか
さらに、AERAの2024年6月26日配信記事にまで対象を絞り込み、「その記事を精査しても、該当する記述は存在しない」と具体的に指摘している。
ここで重要なのは、記者側が抽象論ではなく、記事内容を検証した上で質問している点である。
知事答弁の特徴① ― 抽象語への逃避
これに対する知事の答弁は、終始次の表現に集約される。
- 「週刊誌報道等で」
- 「様々な状況を踏まえて」
- 「自分自身の認識に基づいて」
しかし、
- 記事名
- 発言者
- 発言日時
- 発言内容
これらは一切特定されなかった。
Yes/Noでの回答を求められても、知事はそれを回避し続けた。
知事答弁の特徴② ― 百条委員会証言との関係
2月10日の会見では、さらに重要な点が浮かび上がる。
知事は百条委員会で、
「元県議が言われたということは心が痛んだ」
と証言している。
これは、「誰かが言ったかもしれない」という一般論ではない。
特定人物(亡くなった竹内県議)がそう言ったという前提に立つ表現である。
しかし、
- どこで言ったのか
- どの媒体なのか
- その発言の原文は何か
これらの問いに対しても、答えは示されなかった。
「認識」と「事実」の決定的な違い
知事は繰り返し「認識」という言葉を用いた。
しかし、行政トップの発言において、「個人の認識」で済まされる範囲には明確な限界がある。
なぜなら、
- 発言者が公権力の長である
- 対象が特定の個人である
- 内容が名誉に直接関わる
これらの条件が揃っているからである。
認識に基づく発言であっても、その認識を支える客観的根拠の提示は不可欠だ。
撤回しない、しかし立証もしないという状態
記者は明確に問いかけた。
「撤回するつもりはありませんか。YesかNoで答えてください」
それに対して知事は、撤回を否定した。
しかし同時に、根拠の提示も一切行わなかった。
これは、
- 発言の正当性は示されない
- 誤りである可能性も否定されない
という、極めて不安定な状態を意味する。
県民にとっての問題点
この問題は、記者と知事の言い争いではない。
公権力の長が、
- 特定の人物を「デマ拡散者」と断じ
- その根拠を示さず
- 当人が亡くなった後も撤回しない
この姿勢が、兵庫県政の統治のあり方として許容されるのかが問われている。
問われているのは「説明責任」の有無
事実があるなら、示せばよい。
誤りなら、撤回すればよい。
しかし今回の会見で選ばれたのは、
説明しない、しかし撤回もしない
という選択だった。
その選択が県政にどのような影を落とすのか。
それを判断するのは、県民一人ひとりである。
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