「リコールすればいい」という逃げ口上と、裁判という最も合理的な選択

兵庫県知事・斎藤元彦をめぐる問題について、批判的な意見を述べると、必ずと言っていいほど返ってくる言葉がある。

「そこまで言うなら、リコールすればいい」

一見すると、民主主義的で正論のようにも聞こえる。
しかし、この言葉が繰り返される背景には、極めて重要な論点のすり替えが存在している。

リコールは「簡単に言える制度」ではない

地方自治法に基づくリコールは、単なる意思表示ではない。
有権者の一定割合の署名を集め、膨大な時間と労力、人的資源を投入して、ようやく成立する制度である。

それを理解した上で「気に入らないならリコールすれば?」と言うのであれば、その発言はもはや議論ではない。
事実上の思考停止、あるいは議論からの逃避に近い。

仮にリコールが成立しても、争点は変わらない

仮にリコールが成立し、再度選挙が行われたとしても、争点は何か。

それは
第三者委員会が認定した「公益通報者保護法違反」が正しかったのかどうか
この一点に尽きる。

ここで注意すべきなのは、違法か合法かは、選挙で決まるものではないという当たり前の事実である。

民意は政治的正当性を与えることはできても、法的評価そのものを覆す力は持たない。

そもそも「公益通報者保護法違反かどうか」を民意に問うべきではない

ここで、最も根本的な点を確認しておく必要がある。

斎藤元彦が公益通報者保護法に違反したのか、していないのか。
この問いは、そもそも民意に委ねる性質のものではない

公益通報者保護法は、

  • どの行為が違法か
  • どの要件を満たせば違反となるのか
    を、法律として明確に定めている。

違反か否かは、人気投票でも、支持率でも、選挙結果でも決まらない。
証拠と法解釈によって判断される、純粋な法的問題である。

民意で「違法・合法」を決め始めたら、法治国家ではなくなる

仮に、
「選挙で勝ったから違法ではない」
「支持者が多いから問題ない」
という論理が許されるなら、どうなるか。

それは、多数派が違法性を帳消しにできる社会を意味する。

だが、日本は法治国家であり、違法か合法かを最終的に判断するのは、司法であって民意ではない。

民意が問われるのは、

  • 政策の方向性
  • 政治姿勢への評価
  • 首長としてふさわしいかどうか

であって、法律違反の有無そのものではない

リコールや選挙は「法的評価の代替」にはならない

「リコールで民意を問えばいい」という主張は、一見もっともらしい。
しかし、これは重大な誤解を含んでいる。

リコールや選挙で問えるのは、「この知事を続けさせるかどうか」であって、「この行為が公益通報者保護法に違反したかどうか」ではない。

後者を決める権限は、

  • 有権者
  • 支持者
  • SNSの多数派

には存在しない。

だからこそ、裁判以外に正解はない

もし、第三者委員会の認定が誤りであり、公益通報者保護法違反ではないというのであれば、それを覆す正当な方法は一つしかない。

司法の場で争い、裁判官の判断を仰ぐことである。

それを避けたまま、
「民意が支持している」
「リコールされていない」
と主張することは、法的議論からの明確な逸脱だ。

民意を持ち出すこと自体が、論点のすり替えである

結局のところ、「民意で決めればいい」という言葉は、違法か合法かという核心から目を逸らすための言葉に過ぎない。

公益通報者保護法違反かどうかは、最初から最後まで、法の問題である。

民意を持ち出した瞬間、それは法的議論ではなく、単なる政治的応援合戦になってしまう。

民意よりも、裁判の方が精度は高い

斎藤知事の支持者は、しばしば次のように主張する。

  • 第三者委員会は事実誤認をしている
  • 公益通報者保護法違反の認定は誤りである
  • 知事の名誉は不当に傷つけられた

もし、これらの主張が正しいのであれば、取るべき行動は極めて明確だ。

第三者委員会を相手取って、名誉毀損で裁判を起こすこと
これ以上でも、これ以下でもない。

裁判では、

  • 証拠
  • 法解釈
  • 論理
    に基づいて、違法か合法かが判断される。

感情や印象、支持・不支持によって左右される民意よりも、法的な精度は圧倒的に高い

「裁判を起こさない」という選択が意味するもの

にもかかわらず、斎藤知事も、支持者も、裁判という選択肢には踏み込まない。

SNSでは強い言葉で
「第三者委員会はデタラメだ」
「違法認定はおかしい」
と主張する一方で、司法の場では何も争わない。

この状態を、どう評価すべきだろうか。

少なくとも言えるのは、それは「法的に正しい主張」ではないということだ。

裁判という正式な場で争う覚悟がない主張は、どれほど声が大きくても、法的評価には耐えない。

リコールを口にする前に、まず裁判を

もし本当に、

  • 第三者委員会の認定が誤りで
  • 斎藤知事の名誉が毀損されている

と考えるのであれば、支持者が進言すべきことは一つしかない。

「第三者委員会を相手取って、名誉毀損で裁判を起こすべきだ」

それをせずに、
「リコールすればいい」
「民意で決めればいい」
と言い続ける限り、その主張は法の土俵に上がることすらできない。

結びに代えて

民意は大切である。
しかし、法治国家において、違法か合法かを最終的に判断するのは司法だ。

リコールを持ち出す前に、まず裁判で白黒をつける。

それこそが、斎藤知事の正当性を最も明確にし、兵庫県政を健全な状態に戻す、唯一合理的な道ではないだろうか。

投稿者プロフィール

jordan192
jordan192